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肉じゃが誕生の裏話

12 26, 2006 | Posted in 食物の雑学

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今日の晩飯に肉じゃがが出てきたので、肉じゃがが誕生したときの話でも紹介します。

よくテレビなどでも紹介されていて有名な話なんですが、それでも紹介するったら紹介するのです。

それでは、肉じゃがが誕生するまでの話をお教えします。





時代背景など色々分からないかと思いますが、補足で説明しますのでご安心ください。

舞鶴鎮守府の初代鎮守府長官に着任した東郷提督は、イギリス留学時代に食べたビーフシチューの味が忘れられず、部下に「ビーフシチューをつくれ」と命じたのであった。

ビーフシチュー等知らなかった料理長が、 デミグラスソースの代わりに醤油と砂糖を用いて悪戦苦闘の課程でつくりあげたのが、『肉じゃが』だったのである。


偶然によって生まれたのです。





補足1:肉じゃがとは牛肉または豚肉、じゃがいも、玉ねぎ、糸こんにゃくなどを醤油、砂糖、みりんで甘煮にしたものです。
肉は西日本では牛肉、東日本では豚肉を使うのが一般的です。


補足2そこまでのあらすじ

時は明治の時代、発足間もない大日本帝國陸海軍には、恐るべき病気が蔓延していた。
その病気は俗に『江戸患い』などと呼ばれていた。いわゆる『脚気』である。
たかが脚気と馬鹿にしてはいけない。脚気は放置すると死に至る病だったのである。 


海軍における脚気の蔓延は深刻であった。


明治15年に海外練習航海から帰国した軍艦・龍驤の場合、9ヶ月間の航海中に乗組員378名のうち168名が脚気を患い、うち25名は死亡していたのである。

そこで高木兼寛というイギリスに留学していた海軍軍人が、留学先のイギリスでは殆ど脚気が見られなかった事から、日本人とイギリス人の食生活の違いに着目し、艦内のメニューをすべて洋食に変更した上で、軍艦・筑波を龍驤と同じ9ヶ月間海外練習航海に出す実験を行った。


結果、乗組員に脚気は発症しなかったのである。


このことから海軍は、食生活と病気に何らかの因果関係が有る事をつきとめ、海軍全体で兵食メニューの一新に努め始めた。原因は不明ながらも、効果があるならやってみようと行動を起こしたのである。

食生活と脚気に何らかの因果関係が有る事をつきとめた海軍は、軍艦・筑波での実験データから兵食を洋食とする事に努めたが、水兵の間では著しく不評であった。

当時の多くの日本人にとって、洋食は「バタ臭い」食べ物であり、到底食べられる代物ではなかった。


そんな時、ある提督のわがままが良い結果をもたらした。
その提督こそ、東郷平八郎海軍中将(当時)である。
舞鶴鎮守府の初代鎮守府長官に着任した東郷提督は、イギリス留学時代に食べたビーフシチューの味が忘れられず、部下に「ビーフシチューをつくれ」と命じたのであった。


という風に続くのです。


補足3:その後肉じゃがは、「洋食の代用食として効果的に牛肉を摂取させる事が出来る画期的料理」として海軍で大いにもてはやされる事となりました。


補足4:現在の海上自衛隊では肉じゃがに代わり、やはり栄養面ですぐれたカレーライスが導入されています。



参考にしたサイト
肉じゃが誕生秘話

肉じゃが - Wikipedia

このサイトに書かれていることをほとんど引用させていただきました。
ありがとうございました。


« ポン酢の「ポン」って何? ボクシングのリングの名前の由来 »

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